料理旅館大正楼(飛鳥へ15分のアクセス) 〒633-0001 奈良県桜井市三輪459 TEL:0744-42-6003

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奈良の旅館大正楼
飛鳥の宿: 明日香旅行のお泊まりは料理旅館大正楼


飛鳥寺の周辺地図
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飛鳥寺の周辺地図をご案内致します。

c0195472_1371540.jpg飛鳥寺の周辺地図。

飛鳥川に架かる飛鳥橋の近くにありました。

弥勒石、入鹿の首塚、万葉文化館などが飛鳥寺の周りを取り囲みます。

奈良観光のメインはやはり寺社巡り。

飛鳥地方のお寺で、まず思い浮かぶのが飛鳥寺ではないでしょうか。

日本で最初の本格的仏教寺院。

日本最古の仏像である飛鳥大仏でも有名なお寺です。

さぞ大きな大寺院ではないかと想像してしまいますが、驚くほど小さなお寺なんです。

飛鳥寺周辺地図の続き
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by asuka-nara | 2009-07-05 13:35 | 飛鳥寺

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真神原
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飛鳥寺を中心とした一帯を真神原(まがみがはら)と呼んでいます。

飛鳥寺の北西から南方一帯に及ぶ平野部で、遠く檜隈方面にまでおよぶとする説もあります。

c0195472_917353.jpg真神原。

万葉集に真神原のことを詠んだ有名な歌があります。

大口の 真神の原に 降る雪は いたくな降りそ 家もあらなくに


真神は狼を意味しています。

狼のことをマカミと言っていたんですね。

”大口の”は真神にかかる枕詞です。

大口の真神原は見渡す限り何もなく、それこそ雪がしんしんと降り積もれば、前後左右分からなくなるのではないかと思わせるほどです。

文字通りの原っぱです。

c0195472_9175014.jpg手前の五輪塔が入鹿の首塚、向こう側に見えるのが飛鳥寺です。

飛鳥寺の西側~甘樫丘方面から撮影しています。

真神原はこの写真の右側一帯に広がっています。

「大和国風土記」の逸文によれば、

むかし明日香の地に老狼ありて、多く人を食ふ。土民畏れて大口の神といふ。その住めるところを名づけて大口の真神原と云々


・・・とあります。

なるほど、狼を連想させてもおかしくはない雰囲気があります。

しかしながら、これはマガミの地名に付会した説話と考えられています。

c0195472_918892.jpg飛鳥寺の西から、南の真神原へと通じる道。

真神原のすぐ傍には飛鳥川が流れています。

マガミとは、飛鳥川の曲水(マガミ)の形状を示しているのではないかと思われます。

地形から地名が生まれる例は多く見受けられます。

真神原・・・色々なことをイメージさせてくれる、実に興味深い場所ですね。

飛鳥寺の境内から眺める田園風景は、古代朝鮮半島の風景と酷似していると言われます。

新羅の古都慶州、百済の古都扶余の地に似ているというのです。

真神原には、飛鳥寺創建に関わった朝鮮半島の人々の郷愁が色濃く残されています。
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by asuka-nara | 2009-02-24 09:46 | 飛鳥寺

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丈六とは
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c0195472_1041328.jpg飛鳥寺の飛鳥大仏

丈六とは一丈六尺の仏像のことを意味します。

一丈六尺(いちじょうろくしゃく)!?

昔の長さを測る単位ですから、いまいちピンときませんよね。

一寸法師が3cmほどの小さい人だったことを思い出してみて下さい。

一寸の10倍が一尺(約30cm)で、一尺のさらに10倍の長さが一丈(約3m)となります。

つまり、丈六を現在の長さの単位に換算すれば、4m80cmほどになります。

釈尊の身長は一丈六尺あったと云われています。

巨人だったんですね(笑)

お釈迦様の身長が4m80cmもあったとは!

ちょっとした驚きです。

そのため、仏像は丈六の大きさに造られることが多いそうです。

多くの仏像は座っておられます。

座高は8尺~9尺が標準サイズとなっています。

結跏趺坐であぐらをかいていても、その座高は2m40cm~2m70cmもあることになりますね。

飛鳥大仏の高さは2.75mだそうです。

確かに丈六の仏様ということになりますね。

c0195472_10411934.jpg橿原神宮前駅の東口を出ると、丈六という地名が残されています。

飛鳥寺は聖徳太子御遺跡霊場の第11番札所であり、その納経題字は「止利仏師丈六釈迦」になっています。

飛鳥大仏は止利仏師の作によるものですからね。

丈六の釈迦如来座像(飛鳥大仏)を指すものと思われます。

そうすると、この丈六という地名も飛鳥寺の飛鳥大仏に由来するのでしょうか?

橿原神宮前駅から丈六の交差点を渡って、東へ東へ進んで行くと、飛鳥神奈備の雷丘や甘樫丘方面に出ます。

そこから飛鳥寺は目と鼻の先です。

飛鳥寺の丈六仏との関連性が伺えますよね。

橿原神宮前駅東口付近の丈六の土地は、古代の厩坂のあった所と伝えられています。

「推古紀」によると、

始めて銅(あかがね)・繍(ぬひもの)の丈六の仏像(ほとけのみかた)、各(おのおの)一躯(ひとはしら)を造る


と書かれています。

厩坂寺にも丈六仏のご本尊が安置されていたのでしょうか。

今となっては歴史の謎に包まれたままですが、丈六という地名は興味をそそりますね。

c0195472_10413578.jpg飛鳥寺境内の万葉池。

丈六とは長さの単位であると共に、仏像のことを表す言葉でもありました。

さらに仏像のポーズから波及して、胡坐をかく意味の「丈六居(じょうろくい)」という言葉も生み出しています。

橿原神宮駅前東口付近のみならず、奈良県内には丈六という地名があちこちに残されています。

仏像の宝庫である奈良県を象徴しているのではないでしょうか。

地名に秘められた謎を探っていくと、思わぬ真実に付き当たるものですね。
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by asuka-nara | 2009-02-11 11:16 | 飛鳥寺

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蘇我入鹿の首塚
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c0195472_9403414.jpg飛鳥寺境内に蘇我入鹿の首塚を案内する道標がありました。

飛鳥寺の西側に入鹿の首塚はあります。

蘇我入鹿には悪役のイメージが付きまといます。

しかしながら、案外そうでもないという説も浮上しています。

乙巳の変

中大兄皇子と中臣鎌足によって蘇我氏の本宗家が滅ぼされた事件を「乙巳の変」といいます。

中臣鎌足によって入鹿は殺されました。

飛鳥板蓋宮で討たれた入鹿の首は飛鳥寺まで飛んで行ったと伝えられます。

c0195472_9405291.jpg蘇我入鹿の首塚。

向こう側に見えるのは飛鳥寺です。

歴史は当事者の手によって歪められるものです。

聖徳太子の長子である山背大兄王を自殺に追いやったと記されているのは、かの有名な「日本書紀」です。

日本書紀の編纂された時代はいつだったのか・・・。

そう、藤原不比等が実権を握っていた時代です。

不比等は中臣鎌足の息子に当たる人物です。

自分の父親は悪党を討ったヒーローである。

そのようにすれば、自らの地位と権力を正統づけることができます。

蘇我氏が悪者であればあるほど都合が良かったのです。

果たして、歴史は歪められて伝えられているのでしょうか?

「臣、罪を知らず」という言葉を残して、入鹿はこの世を去っています。

入鹿の死は非業の死だったのか?

c0195472_9412462.jpg甘樫丘から飛鳥寺を望みます。

入鹿の殺害は、時の天皇である皇極天皇や朝鮮諸国からの大使が居並ぶ「三韓進調」という儀式の場で決行されています。

入鹿に対する取り調べも何も行われず、いきなり騙し討ちにされたのです。

中大兄皇子らを罰しなかった皇極天皇も、この乙巳の変に何らかの形で加担していたのではないかと云われています。

歴史とは本当に不思議なものですね。

天皇もグルになって、入鹿暗殺に加わっていたのでしょうか?

入鹿は政治能力にも長けた優秀な人物であったと伝えられます。

改革推進派の入鹿のチカラを脅威に感じていた人物も少なからず存在していたものと思われます。

仏教を保護した入鹿の祖父、蘇我馬子。

その蘇我馬子の建立した飛鳥寺の傍で、入鹿は静かに眠っています・・・。
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by asuka-nara | 2009-01-25 10:07 | 飛鳥寺

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伝飛鳥板蓋宮跡
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c0195472_17213645.jpg伝飛鳥板蓋宮跡。

大化の改新を推進したのは中大兄皇子と中臣鎌足です。

その際に蘇我入鹿がこの地で討たれました。

645年(皇極4年)のことです。

蘇我入鹿といえば、聖徳太子の長子である山背大兄王とその一族を滅ぼした人ですよね。

聖徳太子の血を引く人は、もう今の世には存在しません。

なぜでしょうか?

山背大兄王とその一族が既に滅ぼされているからです。

ある意味、これは蘇我入鹿の仕業とも言えます。

c0195472_17215484.jpg伝飛鳥板蓋宮跡のガイド。

一万円札の肖像画にもなった聖徳太子。

仏教を保護し、その思想の元に国造りを進めた太子さま。

今もなお、全国各地に太子信仰の息づく大変徳の高いお方です。

その長男とその一族を滅ぼしてしまったのが蘇我入鹿だったわけです。

蘇我入鹿が討伐された場所・・・それがここ、飛鳥板蓋宮なのです。

感慨深いものがありますよね。

c0195472_1722104.jpg蘇我入鹿の首塚。

伝飛鳥板蓋宮跡で討たれた入鹿の首は、飛鳥寺まで飛んでいったそうです。

飛鳥寺の西側に入鹿の首塚がひっそりと佇みます。

飛鳥寺といえば、入鹿の祖父に当たる蘇我馬子が創建した日本最古のお寺です。

お爺さんの創建したお寺の横に眠っているんですね。

入鹿にとってみれば皮肉な巡り合わせでもあります。

中大兄皇子と中臣鎌足が最初に出会ったのが、大化の改新から1年前に行われた飛鳥寺の蹴鞠の会だったといいます。

c0195472_17485213.jpg飛鳥寺に展示されている蹴鞠。

なんとも不思議な巡り合わせですよね。

人の縁というものは、時代は変われど、どこかでつながっているものなのでしょうか。

桜井市多武峰にある談山神社は、大化の改新の談合が行われた場所として知られます。

飛鳥寺と伝飛鳥板蓋宮跡は歩いてすぐの距離にあります。

入鹿の首が飛んでいったという逸話も、あながち嘘ではないような気になって参ります。
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by asuka-nara | 2009-01-20 17:55 | 飛鳥観光ガイド情報

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奈良県飛鳥地方の旅行案内。飛鳥寺、石舞台古墳、高松塚古墳等の観光名所を風景写真と共にご案内。亀石、マラ石、二面石などの謎の石造物、飛鳥ゆかりの聖徳太子や仏教にまつわるお話をレポートします。
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