料理旅館大正楼(飛鳥へ15分のアクセス) 〒633-0001 奈良県桜井市三輪459 TEL:0744-42-6003

蘇我入鹿の首塚
◇飛鳥観光案内 明日香旅行ガイド◇
c0195472_9403414.jpg飛鳥寺境内に蘇我入鹿の首塚を案内する道標がありました。

飛鳥寺の西側に入鹿の首塚はあります。

蘇我入鹿には悪役のイメージが付きまといます。

しかしながら、案外そうでもないという説も浮上しています。

乙巳の変

中大兄皇子と中臣鎌足によって蘇我氏の本宗家が滅ぼされた事件を「乙巳の変」といいます。

中臣鎌足によって入鹿は殺されました。

飛鳥板蓋宮で討たれた入鹿の首は飛鳥寺まで飛んで行ったと伝えられます。

c0195472_9405291.jpg蘇我入鹿の首塚。

向こう側に見えるのは飛鳥寺です。

歴史は当事者の手によって歪められるものです。

聖徳太子の長子である山背大兄王を自殺に追いやったと記されているのは、かの有名な「日本書紀」です。

日本書紀の編纂された時代はいつだったのか・・・。

そう、藤原不比等が実権を握っていた時代です。

不比等は中臣鎌足の息子に当たる人物です。

自分の父親は悪党を討ったヒーローである。

そのようにすれば、自らの地位と権力を正統づけることができます。

蘇我氏が悪者であればあるほど都合が良かったのです。

果たして、歴史は歪められて伝えられているのでしょうか?

「臣、罪を知らず」という言葉を残して、入鹿はこの世を去っています。

入鹿の死は非業の死だったのか?

c0195472_9412462.jpg甘樫丘から飛鳥寺を望みます。

入鹿の殺害は、時の天皇である皇極天皇や朝鮮諸国からの大使が居並ぶ「三韓進調」という儀式の場で決行されています。

入鹿に対する取り調べも何も行われず、いきなり騙し討ちにされたのです。

中大兄皇子らを罰しなかった皇極天皇も、この乙巳の変に何らかの形で加担していたのではないかと云われています。

歴史とは本当に不思議なものですね。

天皇もグルになって、入鹿暗殺に加わっていたのでしょうか?

入鹿は政治能力にも長けた優秀な人物であったと伝えられます。

改革推進派の入鹿のチカラを脅威に感じていた人物も少なからず存在していたものと思われます。

仏教を保護した入鹿の祖父、蘇我馬子。

その蘇我馬子の建立した飛鳥寺の傍で、入鹿は静かに眠っています・・・。
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by asuka-nara | 2009-01-25 10:07 | 飛鳥寺

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