料理旅館大正楼(飛鳥へ15分のアクセス) 〒633-0001 奈良県桜井市三輪459 TEL:0744-42-6003

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◇飛鳥観光案内 明日香旅行ガイド◇

奈良の旅館大正楼
飛鳥の宿: 明日香旅行のお泊まりは料理旅館大正楼


橘寺の拝観料
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c0195472_1831492.jpg橘寺の西門。

橘寺の拝観受付は正門(東門)と西門の2箇所用意されています。

拝観料は大人350円です。

中学生・高校生が300円で、小学生が150円と細かく料金分けされています。

春と秋の1ヶ月間に渡り、収蔵庫特別公開がありますが、こちらは無料で拝観することができます。

拝観時間は9時~17時。

駐車場は参拝の方に限り、無料で開放されています。ちなみに駐車スペースは10台ほどですので、観光シーズンになると満車で利用できないこともあるかもしれません。

c0195472_1832826.jpg西門にあった料金表。

入山拝観料と書かれています。

橘寺の正式名称は、仏頭山上宮皇院(ぶっとうざんじょうぐうおういん)橘寺です。

なるほど、入山なわけですね。

個人客だけでなく、団体客の拝観料も細かく設定されていますね。

30名以上で330円、100名以上で300円ですか・・・

そう広くもないと思われる橘寺の境内に、100名以上の団体客が参拝に訪れる様子を見てみたいものです(笑)

押し合いへし合い、大変な騒ぎになることでしょうね。

c0195472_18322045.jpg拝観受付の傍に貼られていた境内案内図。

創建当時の伽藍配置からは比べるまでもありませんが、とりあえず見所はご本尊の聖徳太子像、二面石、如意輪観音像といったところでしょうか。

観音堂に収められた如意輪観音様はオススメです。

6本の手を持つ異形の観音様で、慈悲の心が感じられる大きな仏像です。

350円の拝観料を払う価値は十分にありますよ。

美術鑑賞の好きな人には、往生院の天井画もおすすめです。

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by asuka-nara | 2009-02-09 18:53 | 橘寺

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向原寺 豊浦寺跡
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c0195472_14584929.jpg向原寺。

こうげんじと読みます。

甘樫丘の豊浦休憩所からぐるっと麓を縫うように歩いて行くと、向原寺にアクセスします。

山号は太子山。

山門には、「日本仏法根源寺院最初」と書かれています。

向原寺は聖徳太子御遺跡霊場の第12番札所でもあります。

さすがに飛鳥は聖徳太子ゆかりの地だけあって、聖徳太子御遺跡霊場が数多く存在します。

向原寺はその第12番札所で、納経題字は”佛法根源精舎”です。

c0195472_1459934.jpg向原寺の山門。

仏教寺院の始まりを感じさせるお寺ですね。

向原寺の開基は蘇我稲目なんだそうです。

時代は仏教伝来の頃に遡ります。

百済の聖明王が仏像と経典を日本に送ってきました。

舶来宗教である仏教を受け入れるか否かが議論されます。このとき、欽明天皇は蘇我稲目に仏像を預けています。

稲目は自分の家に仏像を移し、やがて向原の家を寺に改め、仏像を安置したと伝えられます。

これが向原寺の縁起となります。

c0195472_14593083.jpg向原寺の本堂。

日本初の本格的仏教寺院は、稲目の孫に当たる蘇我馬子が建てた飛鳥寺です。

しかし、飛鳥寺よりも前に仏教のお寺が存在していたことになりますね。

ここで忘れてはならないのが廃仏派の物部尾輿です。

崇仏派の蘇我稲目に対する物部尾輿。

日本古来の神様を信奉する、石上神宮ゆかりの物部氏との対立です。

向原寺が興されてから、疫病が流行します。

c0195472_15305938.jpg疫病の原因は仏教崇拝に対する神の祟りだということになり、百済から伝わった仏像は難波池(なんばいけ)に捨てられ、向原寺も焼却されるに至ります。

今も難波池は向原寺の近くに佇みます。

後世の記録には、捨てられた仏像は信濃の善光寺に祀られたという善光寺縁起として語り継がれています。

捨てられた仏像は釈迦如来像だと云われています。

今の向原寺のご本尊様は阿弥陀如来像ですので辻褄が合いますよね。

八百万の神を信奉し、神仏習合が当たり前のように行われている今の日本・・・

神か仏かで争いのあった時代が遠く感じられます。

日向寺 聖徳太子御遺跡霊場 第13番札所、納経題字は”太子造寺九院之一”。
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by asuka-nara | 2009-02-06 15:39 | 仏教

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聖徳太子の愛馬「黒駒」を橘寺に仰ぐ
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c0195472_9441186.jpg聖徳太子の愛馬「黒駒」。

橘寺境内の聖徳太子勝鬘経講讃像(ご本尊)を納める太子堂の前に佇みます。

聖徳太子を乗せて全国を駆け巡ったと伝えられる馬です。

あの富士山を飛び越えて行ったというエピソードも残されています。

時代は598年、諸国に善馬を求めた聖徳太子。

献上された馬の中から甲斐の黒駒が選ばれました。

c0195472_9442756.jpg橘寺の紋章でしょうか。

太子堂の前で見つけました。

それにしても、聖徳太子は馬とのご縁がありますよね。

聖徳太子のお母さんは厩の戸の前で産気づいて太子を出産します。その名も厩戸皇子。

仏教の普及に功績のあった聖徳太子ですが、その説法に使われたのが黒駒でした。

この黒駒は太子に大変忠実な馬でした。

太子を脅かしたことで悔い入り、食事を摂らなくなったほどの忠誠心の持ち主でした。

c0195472_9444473.jpg聖徳太子のお墓は大阪の太子町にあります。

叡福寺というお寺に聖徳廟がひっそりと佇んでいます。

太子が亡くなったとき、黒駒は大層悲しんだそうです。

棺の横に寄り添い、そのまま息を引き取ったという伝説が残されています。

黒駒のお墓ではないかと言われているのが、斑鳩にある駒塚古墳です。

国道25線沿いにある前方後円墳が、聖徳太子の愛馬であった黒駒のお墓ではないかと・・・真実のほどは明らかにされていませんが、古代の歴史を彩る素敵なお話ですよね。

橘寺の三光石 橘寺には二面石の他にも、阿字池の畔に三光石があります!
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by asuka-nara | 2009-02-03 10:05 | 橘寺

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日月星の光輝く三光石@橘寺
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c0195472_1012739.jpg橘寺境内に三光石という石造物があります。

橘寺の二面石は有名ですよね。

太子堂(本堂)の南側にある善悪二相の二面石。

二面石にばかりスポットライトが当たっていて、ついつい忘れられがちな三光石。

橘寺本坊の傍らに佇みます。

聖徳太子は推古天皇の仰せにより、勝鬘経(しょうまんきょう)を3日間にわたりご講讃になられました。

その時、太子の冠から日月星の光が輝いたと伝えられています。

c0195472_1014410.jpg三光石の向こう側には阿字池が見えます。

日月星の三つの光は何を意味するのでしょうか。

勝鬘経講讃の際には、大きなハスの花が庭に1mも降り積もりました。

さらに南の山では、千の仏頭が現れ光明を放った伝えられます。

不思議な出来事ですよね。

驚いた推古天皇は、この地にお寺を建てるよう太子に命じます。

c0195472_1015542.jpg橘寺創建にまつわる伝説。

創建当初の橘寺は、金堂、講堂、五重塔を擁する66棟の堂舎が建ち並んでいました。

今でも境内には、金堂跡・五重塔跡などの立て札が見られます。

千の仏頭が現れて光を放った・・・想像するだけでありがたいお話ですよね(笑)

仏頭山上宮皇院 橘寺。

橘寺は新西国三十三霊場第十番の札所にもなっています。

聖徳太子の冠から日月星の光が輝いた・・・三光石の由来に想いを馳せながら、橘寺境内の散策を続けます。

<橘寺ナビゲート情報>


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by asuka-nara | 2009-02-01 10:25 | 橘寺

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善悪背中合わせの二面石@明日香村
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c0195472_1052683.jpg明日香村の二面石をご案内致します。

善悪両方の顔を表す二面石。

二面石は聖徳太子生誕の地である橘寺の境内にあります。

善面と悪面が背中合わせにつながっている不思議な石。

何を意味しているのでしょうか?

とてもインパクトの強い石造物です。

飛鳥エリアには二面石の他にも、お酒の醸造施設ではないかと云われている酒船石、蘇我馬子の墓ではないかと云われている石舞台古墳、愛らしい表情で人気の亀石等々、実に多くのミステリアスストーンが存在します。

c0195472_1055449.jpg善と悪。

分かりやすいといえば確かに分かりやすいのですが、そこには何か並々ならぬメッセージが秘められているような気がしてなりません。

二面石がなぜ聖徳太子ゆかりのお寺にあるのか?

善面に比べて、なぜ悪面の顔の面積が狭いのか?

人の心の中には善と悪が存在している。

単純であるだけに、どうしても深読みしてしまう自分がいます(笑)

c0195472_1061377.jpg橘寺の本堂である太子堂。

手前に見える馬は、太子の愛馬「黒駒」です。

本堂には、橘寺のご本尊である聖徳太子坐像が納められています。

重要文化財の聖徳太子坐像。

太子35歳のときのお姿と云われています。本堂の一番奥に安置されていました。

この本堂の西側に二面石があります。

善面は本堂方向、悪面は放生池の方を向いています。

新西国三十三霊場第十番札所の橘寺。

観音堂には、六臂如意輪観世音菩薩像が安置されています。

仏頭山上宮皇院 橘寺の拝観料は350円です。

<橘寺観光情報>


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by asuka-nara | 2009-01-24 10:27 | 橘寺

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伝飛鳥板蓋宮跡
◇飛鳥観光案内 明日香旅行ガイド◇
c0195472_17213645.jpg伝飛鳥板蓋宮跡。

大化の改新を推進したのは中大兄皇子と中臣鎌足です。

その際に蘇我入鹿がこの地で討たれました。

645年(皇極4年)のことです。

蘇我入鹿といえば、聖徳太子の長子である山背大兄王とその一族を滅ぼした人ですよね。

聖徳太子の血を引く人は、もう今の世には存在しません。

なぜでしょうか?

山背大兄王とその一族が既に滅ぼされているからです。

ある意味、これは蘇我入鹿の仕業とも言えます。

c0195472_17215484.jpg伝飛鳥板蓋宮跡のガイド。

一万円札の肖像画にもなった聖徳太子。

仏教を保護し、その思想の元に国造りを進めた太子さま。

今もなお、全国各地に太子信仰の息づく大変徳の高いお方です。

その長男とその一族を滅ぼしてしまったのが蘇我入鹿だったわけです。

蘇我入鹿が討伐された場所・・・それがここ、飛鳥板蓋宮なのです。

感慨深いものがありますよね。

c0195472_1722104.jpg蘇我入鹿の首塚。

伝飛鳥板蓋宮跡で討たれた入鹿の首は、飛鳥寺まで飛んでいったそうです。

飛鳥寺の西側に入鹿の首塚がひっそりと佇みます。

飛鳥寺といえば、入鹿の祖父に当たる蘇我馬子が創建した日本最古のお寺です。

お爺さんの創建したお寺の横に眠っているんですね。

入鹿にとってみれば皮肉な巡り合わせでもあります。

中大兄皇子と中臣鎌足が最初に出会ったのが、大化の改新から1年前に行われた飛鳥寺の蹴鞠の会だったといいます。

c0195472_17485213.jpg飛鳥寺に展示されている蹴鞠。

なんとも不思議な巡り合わせですよね。

人の縁というものは、時代は変われど、どこかでつながっているものなのでしょうか。

桜井市多武峰にある談山神社は、大化の改新の談合が行われた場所として知られます。

飛鳥寺と伝飛鳥板蓋宮跡は歩いてすぐの距離にあります。

入鹿の首が飛んでいったという逸話も、あながち嘘ではないような気になって参ります。
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by asuka-nara | 2009-01-20 17:55 | 飛鳥観光ガイド情報

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日向寺 聖徳太子第13番霊場
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飛鳥は仏教に馴染みの深い土地柄です。

その仏教を発展させた功労者である聖徳太子ゆかりの地でもあります。

飛鳥は本当に魅力的な場所です。

c0195472_12383293.jpg日向寺。

聖徳太子の第13番霊場だそうです。

私はよく奈良特産品である古代チーズの「飛鳥の蘇」を買うために、香久山の麓にあるお店まで行きます。

その近くに天岩戸神社があるのですが、そこから少し歩くと冒頭の日向寺に出くわしました。

初めて聞くお寺の名前でした・・・日向寺(にっこうじ)。

c0195472_12385772.jpg古来より太陽と星は神の象徴として崇められてきました。

昼の大地を照らす太陽と、夜の帳を支配する星。

文明の開けていない時代の人たちからすると、本当に偉大で畏れ多い存在であったに違いありません。

古代エジプトのピラミッドも、太陽と星を信奉して造られていることが分かっています。

そしてこの日向寺・・・。

やはり太陽神をどこかに意識しているような気配が感じられます。

c0195472_12391770.jpgそういえば、三輪山をご神体とする大神神社の近くにも、日向神社という神社があります。

三輪の神は太陽の神でもあると云われています。

宮崎県の昔の呼び名は日向ですよね。

神に通じるパワースポットには、この「日向」という言葉がよく似合います。

お寺ですから勿論、神とは何の関係もありませんが、神も仏も受け入れる私たち日本人の感性からすると、日向寺の縁起にも太陽との関わりを感じずにはいられません。
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by asuka-nara | 2009-01-12 12:56 | 聖徳太子

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橘寺と黒砂糖
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c0195472_9451545.jpg橘寺の門。

橘寺と黒砂糖って不思議なテーマですよね。

聖徳太子生誕の地として知られる橘寺ですが、この橘という地名の由来には面白い逸話が残されています。

橘という地名は、田道間守(たじまもり)という人物が持ち帰り、この地に植えた果物の名前に由来します。

トキジクノカグノコノミ。

柑橘類の一種である橘の実のことです。

垂仁天皇の命を受けて、常世の国に不老長寿の秘薬を探しに行くことになった田道間守。

c0195472_9454396.jpg道路脇に橘寺の案内板が立っていました。

この案内板の左側が川原寺跡で、右側が橘寺になります。人の心の善悪二つの顔を彫ったとされる二面石の文字も見えますね。

「日本書紀」の記述によれば、田道間守が秘薬を持ち帰った時には、既に天皇はお亡くなりになられていたそうです。

不老長寿は見果てぬ夢だったのでしょうか。

持ち帰った橘の実を蒔いたところ、見事に芽吹いたと伝えられます。

このことから、この地を橘と呼ぶようになったそうです。

c0195472_9462881.jpg橘寺の門へと通じる道。

さてさて、問題は黒砂糖。

不老長寿の秘薬を探しに行った田道間守は、橘の実と共に黒砂糖も持ち帰ったといいます。

もちろん、この黒砂糖も薬として用いられました。

みかんや薬、菓子の祖神として祀られるようになった起源はここに由来します。

菓子屋さんに「橘屋」という名前が多いのも、このエピソードに起因すると言われています。

意外ではありますが、橘寺と黒砂糖は切っても切れない関係にあったのですね。

正に歴史再発見といったところです。

<橘の実(田道間守)の関連情報>


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by asuka-nara | 2009-01-09 10:16 | 橘寺

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奈良県飛鳥地方の旅行案内。飛鳥寺、石舞台古墳、高松塚古墳等の観光名所を風景写真と共にご案内。亀石、マラ石、二面石などの謎の石造物、飛鳥ゆかりの聖徳太子や仏教にまつわるお話をレポートします。
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